音楽 / 二三川 練

たとえば
ギター一本で世界中の人を幸福にするような歌手が
巨大なスピーカーから流れる電子音声に
殺されてしまった日
わたしたちの目は
街中に張り巡らされた監視カメラよりも精密に
わたしたちの生活をひもといてゆく
右手を挙げてはならない
それは抵抗を意味するから
左手を挙げてはならない
それは哀悼を意味するから
両手を挙げてはならない
それは服従を意味するから

たとえば
世界中の人が
ギターの弾き方を忘れた日
遊具の無い公園で
子どもたちは大人にあたえられた歌を輪唱する
玩具の銃で撃ちあいながら
その銃口を両親にむけようだなんて
考えもつかないちいさな脳みそには
規則的な皺がきざまれている

たとえば
世界中の鳥が
さえずることをやめた日
わたしたちの目は
どこまでが黒目で
どこからが白目かも
もうわからなくなっている
スピーカーから流れる電子音声は今日もにこやかで
わたしたちと
わたしたちの子どもたちを
これ以上ないくらいにしあわせにする
両手を空にのばせば
抱きしめられたような気持ちになって
頭のなかを知らない音楽が流れはじめる
知らない楽器が奏でる
知らない音楽に
わたしたちはただ体を揺らしている